現代社会は資本主義社会です。それゆえ、あらゆる人と人、人とモノ、人とサービスの関係が市場的な(お金でやり取りされる)関係になり、その過程は今も進行中です。それゆえ、昔に比べて「お金がなければ手に入らない(できない)」ことは増え続けていますし、人間の評価の仕方にも市場原理が浸透しています。
そのため、普通に働いて暮らしていくためにも、自らの能力や人格的な魅力をアピールして示し続けなければなりませんし、恋愛、結婚や趣味の世界でも、能力主義や競争主義が浸透しています。
このような社会になった結果、私たちは豊かになりましたし、自由に活動できる領域が拡大しました。ただの一般庶民でも、昔に比べればずっと自由に活動できるようになり、仕事も結婚も趣味も選択の余地が増えました。
一方で、資本主義社会で生きることへの生きづらさも実感されるようになりました。早くに資本主義が浸透した日本を含む多くの先進国では、自殺率が上がり、多くの人がメンタルヘルスで悩むようになりました。また、人の繋がりも市場化したため個々人が孤立しやすくなり、絶えず能力や魅力が求められる生活に耐えられない人も多く見られます。
さらに、社会的には成功しているように見えても、資本主義的なメンタリティ(考え方や心の在り方)を身につけすぎたために、人との関係や生き方に悩んだり、ちょっとした失敗から人生を転落してしまう人もいます。
このように、資本主義社会になって豊かさや自由を享受する代わりに、新たな問題を抱えるようになったのが現代人の特徴です。
ではこの新たな問題に対処するにはどうしたらいいのでしょうか?
社会の大きな流れは、個々人レベルではどうしようもありません。しかし、多くの人は「社会の流れだからしょうがない」と諦めて、流されるように生きる気にはなれないのではないかと思います。
大事なのは、どのような社会であっても「よりよく生きる」ことは可能だということです。
ただし、よりよく生きるためには、資本主義に染まった現代の考え方だけでは不十分です。現代的な考え方を追求しても、ほとんどの人は満たされず不安を抱えたまま生きることになるでしょう。
そこで大事なのが、時代を超えて通用する普遍的・本質的な「生き方」の考え方です。とはいえ、膨大な蓄積がある哲学、宗教、思想などの考え方を一人で勉強するのは大変なことです。
そこでこれから、古今東西の哲学、思想を研究した上で、現代人でも活用しやすい形にまとめた考え方を紹介します。
今回は特に、資本主義・現代社会によって染まった自分の価値観や考え方を自覚し、それをそぎ落とし、自分の本心を見つけるための「内省」について解説します。
このサイトでは【よりよく生きる・働くための知恵】を古今東西の思想、哲学、兵法をベースに発信しています。
X(Twitter)はこちら▶兵法と哲学の知恵
よりよく生きるために内省が必要な理由
現代社会でよりよく生きるためには、まず自分の本心を明らかにすることが大事です。
なぜなら、資本主義社会においてはさまざまな評価の軸や価値観が社会から強く与えられ、個々人はそれを内面化して生きていくことが強いられるため「自分の考え」と感じている多くのことが、実は社会から強いられた考えであるためです。
人間は矛盾した生き物です。人間は一人ひとりが違った個性的な存在でありながら、集団としてしか生きていけない社会的存在である、という二重の実存性という矛盾を背負った存在なのです。
私たちは自分の心を見つめる際に、まわりから独立した「心」があるかのように考えてしまいますが、私たちは社会的存在ですので「心」がわかるためには「社会」を同時にわからなければなりません。
あらゆる「心」の問題は、個人の心と社会という二重性で考え、解決しなければなりません。
「本心」は分かりにくいもの
資本主義的な価値観や、現代社会のあり方と「本心」がフィットしない人ほど、違和感や不安、人生への漠然とした恐怖や孤独感などを感じながら生きているはずです。
しかし、この「本心」は分かりにくいものです。
なぜなら、私たちは社会から「しつけ」「学校教育」「常識」「モラル」「流行」などさまざまな形で「こうあるべき」「こういう行動はダメ」「これは恥ずかしい」といった規範を強いられ、内面化し続けてきたからです。そのため、社会(学校、会社、友人、家族その他さまざまな関係)から「こうあるべき」と教えられてきた考えと、自分の「本心」を混同しているのが普通なのです。
人間は、このようにして社会から「教育」されなければ、社会を協力してつくり運営していくことができませんので「教育」が悪だということではありません。しかし、この「教育」で身につけた規範が、自分の本心とフィットしなかったり、規範に縛られることで苦しみが生まれているなら、いったん身につけた規範を客観視し、検討することが必要です。
「内省」という二重の取り組み
よりよく生きるためには、社会から学び、時に強いられてきた「考え方」と、自分の本心からの「考え方」を区別できること、そして社会と自分の間で、考え方の折り合いをつけていくことが必要です。
その最初のステップとして、
①そもそも現代社会が強いる価値観や考え方とはどういうものなのか▶社会を理解すること
②自分は本心で何を感じ、何を考え、何を大事にしたいと思っているか▶自分を理解すること
という二重の検討が必要です。
この二重の取り組みを、私は「内省」と表現しています。
この「内省」によって、社会から学び、押し付けられてきた「考え方」を玉ねぎを剥くように捨てていき、芯にある自分の「本心」を見つけていくことが必要です。
こうして、自分の「本心」を見つけ出すことができれば、それから自分自身の考え方、価値観、軸を発展させていけばよりよく生きる第一歩を踏み出せます。
内省のポイント:社会の常識・規範を知る
ここまで説明してきたように、内省して自分の本心を自覚するために、まずは社会のことを知る必要があります。社会の常識や規範と私たちの本心を区別することは、2つで1つの作業です。社会を常識や規範を明確に理解できなければ、それと自分の本心を区別できないからです。それほど深く、社会の常識や規範は、私たちの心に根付いているということです。
そこでまず、私たちの社会で当たり前とされている常識、規範、価値観の中でも、私たちが無自覚のういちに内面化しているものをピックアップして説明します。
①社会的・経済的成功
「社会的・経済的に成功するべき」という常識は、私たちの心に根付いています。
たとえば下記のような考えです。
・有名な会社、大手で働きたい
・収入は多いほどいい
・平均以上稼ぎたい
・有名になりたい
・肩書や権力、権威が欲しい
上記のようになりたいと思ったり、上記のような人がすごいと思ったりする人は多いのではないでしょうか。「いや自分はそうは思ってない」と思う人もいるかもしれませんが、この逆と比較したときにどう思うかを考えると、内面化している規範が明確になります。
主張が対立している2人の人がいたとして、その2人が「有名な人と無名な人」「肩書や権力を持つ人と何も持たない人」「高収入の人と低収入の人」「SNSのフォロワー数が多い人とそうでない人」といった違いを持っていた場合、どちらを支持するでしょうか。
有名な人、高収入な人、肩書がある人を支持する人が多いと思われます。このように感じるのであれば、それは社会的・経済的な成功が「いいこと」であるという規範を内面化しているということです。
このような規範、常識を内面化していると
「もっと社会で活躍したい」
「もっと収入が欲しい」
「自分はもっと社会で評価されるべき」
といった思いを持ち、その理想と現実のギャップから悩み続けることになります。
悩みとは、主観(理想)と客観(現実)の間の不一致、ギャップから生まれるためです。
知っておくべきなのは、収入、肩書、経歴、成果などの社会的・経済的な評価軸を追い求めてもきりがなく、いつまでも満たされない気持ちで苦しむことになるということです。
そのため、内省する際には自分の中に上記のような考え方、価値観がないか、よく確認してみましょう。そして、その考え方・価値観は社会で「よい」とされているだけで、自分の価値や本心とは関係がないものだと、区別していきましょう。
②他人に勝ること、マウンティング
さまざまな能力、性格、成果などで「他人より勝っていたい」というのは、多くの人が持つ思いです。たとえば、以下のようなものです。
・人より優位に立ちたい、負けたくない
・収入や肩書、学歴など社会的評価で下に見られたくない
・よりハイスペックになりたい、低能・無能だと思われたくない
・他人より魅力的だと思われたい
・他人より頭がいい、才能やセンスがあると思われたい
このような心理は、人とのコミュニケーションの中であらわになりやすいです。人から自慢されたとき、マウンティングされたとき、職場に優秀な人が入ってきたとき、自分より学歴、見た目、能力が優れた人と話したとき、その他劣等感が刺激されるような場面で、どう感じるでしょうか。
知っておくべきなのは、このような優劣の軸は社会的につくられたものであるということです。
たとえ、その軸の上で人より劣った評価をされたとしても、それと自分自身の価値はまったく関係がありません。
しかし、これが社会的につくられた価値観だと区別できないと、他人と比べて劣等感を感じたり、人に勝りたいがために過剰な努力をして疲弊したりと、自分を苦しめる生き方をしてしまうことになります。
そのため、まず内省して自分の考えを振り返り「他人に勝りたい」「劣等感を感じたくない」という感情と向き合いましょう。そして、それが社会的につくられた軸を内面化してしまっているためである、ということを理解していきましょう。
このような他人に対して勝りたいという思いは、生物学的な理由からも生まれます。
・子孫を残していくために集団の中で他人に勝たなければならない
・より強い者に支配されないためにも、弱者として見られるわけにはいかない
という動物的な本能を持つためです。
しかし、現代の人間社会は野生動物のような過酷な生存競争にはさらされていません。自分が社会的に生きていきやすいフィールドを探して移動するのも自由です。
動物の世界と人間の世界を同一視して、競争や弱肉強食的な価値観を肯定する考え方も根強いですが、そのような考え方とは距離を取ることをおすすめします。
③いろいろやらないといけない、充実させないといけない
いろいろな「やりたいこと」を見つけて実行し、充実した人生を送るべきであるというのも、社会で「よい」とされる常識です。
たとえば、下記のような考え方です。
・自己実現するべき
・やりたいことはどんどんやった方がいい
・「やりたいことリスト」を作ってどんどんやっていくべき
・毎日充実した生活を送るべき
・仕事も遊びも充実させないとつまらない人生
確かに心の底からやりたいと思えることがあるならやるべきです。
しかし、ただの快楽や欲望から出てくる、思い付き的なやりたいことを片っ端からやろうとしているなら、それは単なる享楽的な生活です。
また「もっといい仕事」「もっとやりがいのある仕事」を求めて行動しても、それが本心による行動じゃなければ、いつまでたっても仕事で満たされずフラストレーションを溜めることになるでしょう。
人生を充実させるべき(それも仕事も家庭も多面的に充実させるべきである)という考え方も、やはり社会的につくられたものです。
そもそも、資本主義社会ではモノ・サービスが購入されるほど、人が移動するほど経済が回るため「よいこと」とされやすいです。そのため、企業は広告を使って「もっと買え」「もっと欲しがれ」「転職しろ」「もっと見た目をよくしろ」と私たちの心に働きかけ、また新たな常識・規範をつくりあげていきます。
そのため、私たちが「もっとこれをやりたい」「もっと充実させたい」という思いも、多くは本心から思ったものではなく、経済的につくられた思いです。
このように、あなたの欲望、願望が社会的・経済的につくられたものであると自覚していないと、いつまでも満たされない思いから毎日が楽しめなくなってしまいます。
そのため、内省することで社会的につくられた欲望と、あなたが本心から譲れない欲望を切り分けることが大事なのです。
内省によって自分の内面をクリアにすること
ここまで解説してきたことをまとめると「内省」することで「社会的につくられた思い」を自覚して切り分けていくことで、自分の「本心」をクリアにしていくことが大事だ、ということです。
これは、丸太を削って彫刻をつくる作業と似ています。丸太の外側を削り出すほど、中身(彫刻=本心)がクリアになっていくということです。
中には、削り出すほど中身が空っぽで「自分がない」気がする方もいるかもしれませんが、もし本当に空っぽならそこからが自分の人生のスタートだと思えばいいのではないでしょうか。少なくとも社会的につくられる「思い」は自覚できているのですから、それ以降に経験するすべてのことを通じて、自分が本心でやりたいか、やりたくないかを確認できるようになっているはずです。
また「欲望をすべて捨てる」ということとも違います。
私たちは修行僧ではありませんので、欲望をすべて捨てて無心になって生きることは難しいです。それでは普通の社会生活ができないでしょう。そのため、すべての欲望ややりたいことを捨てるのではなく、自分が人生で本当にやりたいことだけを残せばいいのです。
まとめ
今回の要点をまとめると下記のようになります。
- 私たちの価値観や考え方は、資本主義的な価値観・考え方に染まっている
- 社会的につくられた価値観・考え方を内面化していると、自分の現実の生活とのギャップから苦しむことになりやすい
- 自分の軸をもってよりよく生きるためには、自分の本心と社会的につくられ、内面化した考えを内省して区別することが大事
現代人の多くは、一人でただ内省して考える、ということはしなくなっているかもしれません。それは、ちょっとした隙間も埋めるさまざまなコンテンツ(SNS、テレビ、Youtubeなど)があふれており、それらから注意力や集中力を削られているためです。
ただ一人で一つのことを考え続ける「内省」という作業自体が、集中力を要するものです。
最初は集中力が切れ、他のことをやりたくなるかもしれませんが、訓練して集中できるようにしていくことが大事です。
コメント