「社会をサバイバル」という考え方の背景にある自律神経の働き

コラム

本屋のビジネス書コーナーに行くと、いかにして「社会を生き抜くか」「サバイバルするか」というテーマの本が目立つ。確かに社会は厳しいし、日本の未来は明るくないのかもしれず、そういう本のニーズがあることは理解できる。

しかし、今の日本社会は本当にそんなに「サバイバル」が必要な状況なのだろうか?

また、「現代社会をどう生き抜くか」というテーマでは、競争や自己成長ばかりが強調されがちだ。そして、そんな競争や成長のプロセスを乗り越えた「成功者」の姿はサクセスストーリーとして描かれ、魅力的に見えるコンテンツ(本や映像)にまとめられる。

確かに成功者の物語は一見輝かしく見えるが、その生き方ははっきりいって多くの人には参考にならない。

私がこの記事で指摘したいのは「社会をサバイバルする」「生き抜く」というような考え方の背景には、自律神経の影響が働いているかもしれないということだ。

常に自律神経の影響で「生存モード」に追い込まれていれば、社会は厳しいもの、サバイバルしなければならない場所として捉えてしまう。他人は敵や競争相手に見えてしまう。これは性格や考え方のレベルの話ではなく、それよりももっと以前の自律神経の働きによるものだ。自律神経は、思考以前の段階で、周囲の状況を「生存か、危機か」見分けているようなのだ。

この記事では、自律神経の働きという切り口から、現代社会における「生き抜く」という考え方のリスクと、その改善策について解説する。

社会をサバイバルする思考と成功者像:その背後にある自律神経の影響

サバイバル思考に基づく成功者像

現代社会では、「厳しい環境で生き抜く力」が成功者の象徴とされることが多い。特に、競争社会において自己の力で道を切り開き、他者を凌ぐことが重要視されてきた。幼少期に困難な経験をし、社会を「生き抜くもの」と認識する人々は、自己の努力と能力によって成功することを追求しがちだ。こうしたサバイバル思考は、競争の激しいビジネスや社会で評価される要素である一方、背後には自律神経の働きが大きく影響している。

ポリヴェーガル理論によれば、ニューロセプションという無意識の神経反応が危機を察知すると、交感神経が優位になり、身体は生存モードに入る。この状態では、競争生存が最優先され、他者とのつながりやリラックスは二の次になる。

さらに危機が高まると、背側迷走神経の働きで「凍結モード」になる。他者とのつながりから断たれ、孤独を感じ、世界を味わう余裕がなく感情も抑圧される。

生き抜くことやそのための「成長」「努力」を最優先とする思想は、その思想をつくりあげた人々の幼少時の傷つき体験、孤独の体験、安心していられなかった経験から生まれているかもしれない。また、過度なストレスを受け続けることで「生存モード」になり、常に危機感を感じながら生きることしかできなくなっているのかもしれないのだ。

サバイバル思考のリスクと自律神経の影響

サバイバルを基盤とした成功は、短期的な結果を生むことが多い。しかし、危機感競争に基づく選択は、過度なストレスや自律神経の不安定さを招き、長期的には心身のバランスを崩すリスクがある。ポリヴェーガル理論が示すように、常に交感神経が優位な状態では、安心感やつながりを感じにくく、結果として持続的な幸福感や満足感を得るのが難しくなる。

成功の物語はしばしば過酷な努力を賛美するが、それは「生き抜くため」の選択に過ぎない場合もある。このような生存モードが長期間続くと、やがて心身に限界が訪れる。短期的な成功を追求するあまり、長期的な健康や幸福が損なわれることは多い。

つまり、安心感がよりよい人生のベースになるということだ。私たちの人生は、受験競争から就職活動、会社での出世や企業、収入の高低や資格や能力の取得、生産性の向上、、と競争に巻き込まれやすい。競争的な環境は「サバイバル」的な思考へのプレッシャーとなる。

「若いころはもっと他人と深く関わり、楽しく生きていたのに、いつのまにか他人や社会に対する安心感がなくなってしまった」という人もいると思う。それは、ストレスを受け続けるうちに自律神経が「生存モード」主体になり、他人や社会のことを過度に厳しく捉えるようになってしまったからだろう。

「社会をサバイバル」ではなく安心感を持って生きる方法

ポリヴェーガル理論による安心感の重要性

ポリヴェーガル理論では、腹側迷走神経系が優位に働いているとき、人は安心感を得て、他者とのつながりを感じることができるとされている。この状態は、ただ生存するだけでなく、より豊かで安定した人生を送るために必要な要素だ。生存モードにあるときは、危機感によって競争や防御が優先されるが、つながりモードでは、協力や共感が強調され、安心して行動することが可能になる。

たとえば、親しい友人や家族と楽しく食事をしたり、遊んだ場面を思い出してみよう。そのときの心地よさや安心感が、腹側迷走神経系が優位に働いている状態だといえる。これは、高度な社会性を発達させた哺乳類が、社会で生存していくために身につけた神経の働きだといわれている。

腹側迷走神経系が働いていると、他者との信頼関係が築かれやすくなり、リラックスした状態で日常を過ごすことができる。これにより、長期的な幸福感や、競争からの解放感が得られ、より充実した生き方が可能になる。

生存モードに偏る生き方への理解と新しい選択肢

もちろん個人の生き方を1つのフレームワークに落とし込み、「これだけが正しい生き方」といいたいわけではない。100人いれば100通りの人生があるし、生存モードに偏って生きる人を否定するわけではない。しかし、自分が生存モードになり、サバイバリズム(生き残り)的な思想になっていることに気づくこと、そしてそれ以外の選択肢や生き方があることを知ることは、多くの人にとっては人生の幅を広げ、豊かに生きるきっかけになると思う。

自律神経を整え「社会をサバイバル」の思考から抜け出す方法

腹側迷走神経を働かせること

ここまでの話を踏まえて、あなたらしく、安心した人生を歩むには、自律神経の働きが安定していることが重要だ。特に、腹側迷走神経系がしっかり働くことは、安心感をもたらし、生存モードから抜け出すための基盤となる。

もしかしたら、今は「社会は厳しいもの」「人生は大変なもの」「もっと自分の力を高めないと生きていけない」かのように思っている人もいるかもしれない。しかし、繰り返しになるが、それは現実を正しくとらえた考えではないかもしれない。自律神経が「生存モード」から「つながりモード」に移行し、「つながりモード」をベースに生きられるようになれば、人生がそれほど大変ではないものだと気付くかもしれない。また、自分の力だけに頼らず、他人に頼ることもできるのだ、と分かるかもしれない。

これは個人の人生観だけの問題ではない。特に人一倍努力をしてきた人、多くのストレスを受けやすい経営者やリーダー的な立場の人は、よりいっそう自分の自律神経の状態を見つめ直すことが重要だろう。経営者が「生存モード」主体で生きていれば、会社としての意思決定も悲観的に、危機感にあふれるものになる可能性がある。

自律神経を安定させる方法

身体のリラックス

自律神経を安定させるための効果的な方法として、呼吸法瞑想適度な運動が挙げられる。特に、腹式呼吸は副交感神経を刺激し、リラックスした状態を作り出す。瞑想やマインドフルネスも心を落ち着かせ、ストレスを軽減するための有効な手段だ。また、運動を日常的に取り入れることで、心身のバランスが整い、安心感を保ちやすくなる。

人と安心してつながる体験

このように身体からリラックスを感じられるようになったうえで、他人と安心してつながる経験を増やすことが大事だ。これは、一方的に甘えたり、自分のいうことを聞いてもらう経験とはまったく異なる。互いに思いやり、お世話しあい、感情を素直に表現しあうことで、お互いに安心して「つながる」経験だ。「ここが私の居場所だ」と思える場所、コミュニティや、「この人とは何でも話せる」という友人や知人(カウンセラーである場合もあるだろう)、ボランティア活動などもいいと思う。

音楽やラジオ

「そんな相手はいない」という人もいるかもしれないが、それでも代替策はある。たとえば、落ち着けるお気に入りの音楽を聴く、ラジオを聴く、などだ。安心感を感じながら他人の声を聴くだけでも、落ち着きが得られ、社会交流に対する不安感は減ることがあるはずだ。「この人の声は安心して聴いていられる」という体験を重ねるのだ。

自然や歴史・文化

また、私の考えでは自然や歴史・文化とのつながりも「つながりモード」への移行のきっかけになるのではないかと考えている。私たちは現代を生きる人間であるだけでなく、歴史・文化の積み重ねの上に立って、過去の人々のさまざまな想いや創り出された文化とのつながりの中で生きている。また、自然の壮大な循環の中で生かされている。

そのため、自然や歴史・文化とのつながりを感じる体験も、積極的に行うといいと思う。

自己受容

自己受容も、安心感を得るために欠かせない要素だ。自分の限界や弱さを受け入れ、無理に競争に巻き込まれないことで、自己のペースで生きることができる。自己受容によって、他者とのつながりも深まり、安心感を基盤とした豊かな生活が可能になる。

自己受容はこちらのタグの記事を参考に。

いずれにしろ「自分一人で人生を生きているわけではない」ということにどれだけ深いレベルで気づけるかが大事なのだといえる。他人や社会、自然や歴史、文化など、身の回りにある世界と深くつながれるようになると、考え方も生き方も変わるだろう。いつまでも生存モードで、孤立して生きなければならないと感じていると、社会はどこまでも厳しいものになる。

まとめ

  • サバイバル思考に基づく成功は、個人の努力や競争によって達成されるが、それが唯一の成功の形ではない。過剰なサバイバルモードは、自律神経の不安定さや心身のバランスを崩すリスクがある。
  • ポリヴェーガル理論に基づく自律神経の安定が、安心感を得て豊かに生きるための基盤になる。自分が常に生存モードにあることに気づき、それを意識的に調整することが重要だ。
  • つながりモードに移行することで、他者との協力や支え合いを重視した生活が可能になる。サバイバル思考を超え、他者とのつながりを基盤にした持続可能で安心感のある生き方を追求しよう。

現状を乗り越えるために、過剰な努力、スキルアップばかり選択するのは、生存への危機感から自己武装しようとしてきただけなのかもしれない。これまでの生き方は、もう手放して次に進んでもいいのかもしれない。

今の生き方での限界や燃え尽き、生きづらさを感じている人ほど、自分が危機感から「生存モード」になってないか、他人と安心してつながれる「つながりモード」から離れてないか、内省してみることが大事だ。この違いを理解することで、生き方が大きく変わる可能性もある。

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