前回の記事では線的意識を解説するために、まず点的意識を解説しました。
生物が本来持つ反射的・本能的な神経の働き(差異性を捉える)が、私たちの思考や感情のベースにあるため、私たちの思考や感情も、実は多くが点的・瞬間的・断絶的なもので、持続していないというお話でした。
では線的意識とは何か、というのが今回の内容です。
線的意識
点的意識は、哺乳類、霊長類、人類という高等生物への進化の中で変化し、また人間の大人への発達の中でも、大人になるほど線的な側面が獲得されると考えられます。
知覚と反応の関係の変化
人類への進化の過程では、知覚が即座に運動へと結びつかなくなりました。知覚し、それを思考し、判断し、それから活動する、というように知覚と運動・反応までのプロセスが複雑化したのです。
つまり天敵を見ても瞬間的に逃げたり戦ったりするだけでなく「さて、どっちに逃げた方がいいだろう」「何か武器になるものはないか」などと考えられるようになりました。瞬間的・本能的・反射的な活動だけでなく、理性を使った計画的な活動です。
これは点的な意識から線的な意識への発展につながります。
特に私たちの脳で発達している前頭前野は選択と抑制を担当し、反射的行動を抑えたり、長期的な目標に基づいた計画的行動を可能にしました。この変化は、人間が持つ高度な社会性や道具の使用、文化の発展を支えましたが、同時にストレスや不安の原因にもなり得るものでした。
子どもは「点的」活動をする
幼児期は、大脳新皮質や前頭前野が未発達なため、感覚刺激に対する反応が反射的で即座に行われます。たとえば空腹を感じるとすぐに泣く、痛みを感じると瞬間的に叫ぶといった状態です。
これは脳の未成熟による「点的活動」の優位といえます。情報処理や抑制のシステムが未熟なため、知覚が直接行動につながります。運動も「点的反射」が多いです。乳幼児期に必要な動きの多くは、原始反射という一種のプログラムですが、この反射を繰り返し行うことで脳や体が発達し、やがて連続的、意識的な運動ができるようになります。
こうして点的意識、点的運動をしっかり経て脳・体を発達させた上で、私たちは理性を用いて線的意識を持てるようになります。とはいえ、多くの一般人の意識は点的意識の連続であり、線的意識を身につけるには訓練が必要です。
線的意識を身につける
線的意識とは、反射的な脳神経の働きにとらわれずに意識を持続的に働かせることです。
たとえば将棋の棋士の長考、太極拳の達人のゆっくりで高度な動き、瞑想による集中などが典型例です。
瞑想で身につける
ここまで書いてきたように、私たちは日常の多くの時間で点的意識で活動しています。線的意識を活用する最も身近な方法は、マインドフルネス・瞑想です。
瞑想では、点的意識として頭の中に浮かび上がる、さまざまな記憶、思考、感情をまず自分で客観的に眺めることから始めます。つまり、点的意識を持続的に観察する別の視点を持つのであり、この別の視点が線的意識です。
最初はなかなか点的意識から逃れられません。すぐに別のことを考えたり、何らかの記憶、感情に心が奪われてしまいます。「あの仕事を早くやらないとな」「今日の夜ご飯は何にしようかな」「お尻が痛くなってきたな」などなどです。
しかし、訓練するうちにこれらの点的意識を上から、外から眺めるように線的意識を持てるようになります。「今こんなことに意識が奪われているな」「もう10分は集中できているな」といった思考を持てるようになります。これが線的意識です。
この線的意識があると、たとえば仕事中も集中力を切らさず落ち着いて仕事を続けられたり、スポーツ・運動をしているときも集中力が続きます。
また怒りや悲しみ、イライラなどの点的意識に心がとらわれそうなときも、それを自覚し、そこから離れてニュートラルな状態を保つことができます。以前記事に書いた「キープニュートラル」は、この線的意識を身につけることです。
運動で身につける
また、線的意識は運動でも鍛えることができます。しかし、これはただの筋トレやスポーツでは身につけにくいです。
それよりも、ただ体を深く感じながらゆっくりと、正確に体を使う運動がいいのです。
筋肉の働きも通常は点的で、神経による瞬間的な指令によって動きます。そのため、普通のスポーツや筋トレでは点的な運動にしかならず、線的に意識できません。力を強く発揮したり、素早く動こうとするほど、筋肉は反射的に、瞬間的にしか動けず、その意識も瞬間的なものになります。
そのため、ゆっくりと、できるだけ筋力に頼らず、体を感じながら動くことが非常に重要です。意識を断続させないように体を感じ続けることで、線的意識を鍛えることができます。
私がクラスやパーソナルで行っているのは体操では、いつも「体を感じながらゆっくり丁寧に」とお伝えしていますが、これは線的意識を鍛えるためでもあります。
線的意識と神経のメカニズム
線的意識の訓練は、神経を成長させる(神経可塑性)可能性があると考えています。
神経可塑性とは、神経回路が環境や経験に応じて変化し、再編成される能力のことです。これにより、新しいスキルの習得や記憶形成、行動パターンの変化が可能になるのです。
線的意識による持続的な集中や意識的な繰り返し動作は、神経回路に以下の変化をもたらすと考えています。
- シナプスの強化▶繰り返しの刺激によって、ニューロン間の結びつきが強化される。
- 神経ネットワークの形成と拡張▶新しい経路が作られ、既存の回路と結びつきながら強固になる。
- 大脳皮質の発達▶意識的な集中や複雑な思考を担う前頭前野が強化される。
これは私の経験でもありますが、線的意識による持続的な刺激は、点的な反応を超えた統合的な働きを生むため、神経の限界を押し広げる役割を果たすのではないかと思います。
線的意識と集中力
「結局、集中力を持続させるということでは?」と思われたかもしれませんが、あえて線的意識という言葉をつくったのは、私たちの意識や脳神経の働きが、根本的に「点的(瞬間的・断続的)」なものであるということを強調したいためです。
つまり、点的意識をどれだけ繰り返しても線的にはならないため、瞑想やゆっくり感じる動きを行うことで、線的な意識を鍛えないといけない、という区別を明確にしたいのです。
点的思考・点的運動も大事
ただし、反射や本能を中心にした点的思考・点的運動が「ダメ」というわけではなく、こっちももちろん大事です。
点的思考は瞬発的・反射的な反応を中心にしたもので、刹那的で爆発力がある特性があります。緊急時やリスク回避に有効で、創造的なひらめきやアイデアも、瞬間的な注意のシフトから生まれると考えられます。
また、本能的な動きや衝動的行動は、自然な動きや反射に基づくものであり、身体と脳がスムーズに連動するため効率がいいです。運動でいえば、瞬発力、伸張反射、神経系を鍛えるようなトレーニングがいいでしょう。
特徴 | 点的思考・運動 | 線的思考・運動 |
意識の働き | 瞬間的、爆発力、断続的 | 持続的、安定感、流れるような意識 |
神経系の関与 | 交感神経優位、反射的動作 | 副交感神経優位、統合的動作 |
運動のタイプ | 短時間で高強度、点的刺激 | ゆっくりとした持続的動作、線的刺激 |
具体例 | プライオメトリクス、瞬発力トレーニング | 瞑想や太極拳、★私が提供している体幹トレーニング |
目的 | 本能的な働き、瞬発力、ひらめき | 安心安全、落ち着き、持続力、省エネの動き |
人間が持つ生物としての本能的・反射的(点的)な機能も、人間だけが持つといえる理性的・線的な機能も、どちらも高めることが大事だと考えます。
繰り返しになりますが、私たちの活動は放っておけば「点的意識」に支配されがちです。そしてこれは、感情にとらわれたり、ぐるぐる思考にとらわれたりすることにつながります。このような心の働きは交感神経の興奮の持続によって、体の過緊張や不調にも結びつきます。
したがって心身を整えたい、何らかの心身の問題を解決したいと考えている方ほど「線的意識」を自覚的に鍛えることが大事なのです。
私が提供しているパーソナルトレーニングやクラスの内容は、この線的意識を支える脳機能の土台や、線的意識そのものを鍛える側面があります。
ぜひお気軽にお越しください。
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