(脳と自己:第1回)過緊張・イップスの正体:脳の「意識的な私」は、なぜ身体の邪魔をするのか?

目次

これから4回に分けて、脳と私(自己という意識)をテーマにした記事を書いていきます。

私のレッスンやオンライン教室を受けてくださる方の多くは、何らかの運動をしていたり、体の過緊張、疲労感をはじめとする不調から、体や脳の働きに関心をお持ちだと思います。

このシリーズではそのような方に向けて、
「ああしよう、こうしよう」
「体をこう動かそう」
「いい姿勢をつくろう」
といった自意識の働きがさまざまな問題を引き起こしてしまうメカニズムを解説します。

「私」という自意識の強さは、かえって体の緊張を強めたり、モヤモヤ感、いらだち、思考過剰などのメンタル面の影響も生みだしてしまいます。

逆にリラックスするには「無になる」とか「我を忘れる」ことが大切ですが、どうしたらそれが可能になるのかも解説します。

過緊張、スランプ、イップス、書痙、動きのぎこちなさなどにも関連するテーマです。

意識的な努力のパラドックス

お会いする方から、よく下記のようなお悩みを耳にします。

  • いい姿勢・動きを気を付けるほど、ぎこちなくなる
  • 「リラックスしよう」と思いすぎて力が抜けない
  • 「寝よう」と思いすぎて眠れない
  • 「こういうフォームで動こう」と思うほど、力が入っていい動きができなくなる

これらは「意識しすぎ」で姿勢や動きがうまくできなくなる問題だといえます。

「いい動き」「いい姿勢」「○○をやろう」と意識するほどうまくいかなくなる。矛盾のように見えますね。

多くの体の働きは無意識下で行われている

私たちの体の働きのほとんどは、無意識下で中枢神経(脳や脊髄)がコントロールしています。

姿勢も日常動作もスポーツの動きも、ほとんどの部分は無意識に行っています。簡単にいえば自動化された回路で行われているのです。

一方で「いい姿勢をとろう」「こういうフォームで動こう」といった意識は、この自動化された回路とは別のものです。実は、人間の体の制御は非常に複雑なものであるため「意識」してできるものではありません。意識してできるのは、姿勢や動きのほんの一部の修正や改善の部分だけなのです。

そのため、必要以上に自分の体をコントロールしようと意識することは、かえって過緊張やフォームの崩れ、ぎこちなさにつながってしまいます。

意識の脳と無意識の脳

もう少し脳の働きから解説しましょう。

無意識の脳=選手

たとえば「歯磨き」の動きは、実はとても複雑です。しかしほとんどの方は無意識に行えるでしょう。これは自動化された動きであり、意識してコントロールする必要がほとんどないためです。

この無意識の自動化された動きは主に、大脳基底核という「ものごとの手順」に関するエリアや、小脳という動きを自動化する脳のエリアで行われます。いずれも脳の深い所に位置します。

これをざっくり「無意識の脳」としましょう。会社でいえば現場で実務を行う従業員であり、スポーツチームなら選手です。

(正確にはこのような脳のエリアと働き(機能)は直接結びつくものではありませんが、この記事では単純化するためこのように説明します。この点は第4回の記事でもう少し掘り下げます。)

意識の脳=監督

一方、何かを意識する際には、前頭前野というおでこのあたりの脳のエリアが使われます。

前頭前野というエリアは、簡単にいえば「私」という自意識に関わる部位です。

  • 何かに注意を向ける
  • 姿勢をよくしよう、と意識する
  • いいフォームにしよう、と意識する
  • ものごとの意思決定をする、選択や判断をする
  • 「私はこういう人間」と自分自身を客観視して捉える

などなど。

脳自体が体全体の司令塔というべき部分ですが、前頭前野はいわば、脳全体の司令塔といえます。つまり司令塔の中の司令塔です。会社でいえばCEO、スポーツチームなら監督ですね。

これを、意識の脳とします。

「私」という意識は、実はこの前頭前野が中心となった働きによるものだといえます。

理性の働きが中心となった「声が大きく存在感が強い私」と、無意識下でさまざまな体の機能を支えたり、根源的な感情を生みだしたりしている「声が小さく存在感が薄い私」がいるといえるかもしれません。

意識の脳の役割:注意を向けること・微調整・反省等

姿勢や動きは、そのほとんどが自動化された「無意識の脳」で行われますが、その微調整や改善にあたっては「意識の脳」で行われます。

意識の脳だけの力では、とても姿勢や動きのすべてのコントロールはできません。

そのため、無意識の脳による自動化された働きに大部分を依存しながら、その一部の修正、調整、改善のために意識の脳が働く、というイメージです。

「口出し」しすぎる脳は過緊張を生む

多くの姿勢、動きは自動化されており、前頭前野という「監督」の指示はほとんど必要ありません。

しかし、体の不調を感じたり、運動でよりよい動きを目指す場合には「監督」の指示が必要になります。これが「もっとリラックスしよう」「もっとこういうフォームにしよう」といった「意識の脳」による指令です。

たとえば、下記のような場合には必要なものです。

  • よりよい姿勢や動きを学ぶ
  • あらたな技術を身につける
  • 特に動きを分解したドリル練習やトレーニングを行う際

つまり、体の働きを学習、修正、改善、反省などをするときには、意識の働きが必要です。これは自身の経験を振り返ればよくわかると思います。

問題なのは、下記のような際に「監督(意識)」が口を出し過ぎることです。

  • 複雑な動きを組み合わせた動きの練習
  • 日常生活における姿勢や動き
  • スポーツの試合、ダンスや演奏の本番
  • スポーツの試合形式の練習、格闘技のスパーリング

このようなときにも、ちょっとした微調整は必要です。しかし、それが度を超すと過緊張、動きのぎこちなさ、力みによる動きの失敗などが起こり、それを繰り返すとスランプやイップスに悩まされるようになります。

このような問題は、本来は自動化されたプロセスに対して、監督である前頭前野が過剰に介入し、現場の専門家(無意識の自動化された働き)のスムーズな連携に「ノイズ」を生じさせている状態といえます。

意識による「自己検閲」を減らそう

以前、ある英語学習者の方が「海外で理不尽な目にあって怒っているときに、一番英語をペラペラしゃべれた」と言っていました。これも「監督(意識)」が余計な口出しをせず、自動化された回路、つまり本当の実力がスムーズに発揮されたケースなのだと思います。

また、私は大学院時代、指導教官から「論文を書くためには自己検閲しすぎないことが大切」といわれました。これも、意識が働きすぎると無意識下での脳の処理に任せられず、かえって「書けなくなる」ための指導でした。

意識の働きはメガホン

意識の働きはメガホンのようなものだと考えるといいかもしれません。

周囲から受け取った危険な情報や、ちょっとした姿勢や動きの変化をキャッチし、言語化し、理性的に処理しようとします。これは大切な機能ではありますが、ときに過干渉の親やうるさすぎる監督のように、混乱をつくりだす場合もあります。

意識による「ああしよう、こうしよう」意識や「自己検閲」は、少ない方がいいのです。

意識すべきケース、しない方がいいケース

とはいえ、無意識に任せると姿勢が崩れてしまうとか、いいフォームで動けない、新たな技術が学習できないといった問題もありますよね。

そのため、姿勢や動きを意識して改善、修正、学習をするべき場面と、無意識に任せるべき場面をうまく使い分けることが大切です。

■意識を使うべき場面

  • ボディワークを実践している時間
  • スポーツやダンスのドリル練習(単純な動きに分解して行う練習)
  • 新たな動きやスキルを身につけるとき

■無意識に任せるべき場面

  • 日常生活の姿勢
  • スポーツ、ダンス、演奏などの本番
  • 実践に近い動きで練習する場面(試合形式の練習、曲を通しての演奏やダンスなど)

とはいえ、微調整程度なら意識的に行うべきです。

また、日常生活においては、2~3割くらいの時間は姿勢や動きに注意を向けて修正し、7割くらいの時間は無意識に任せる、といった使い分けをするといいでしょう。

さらにいえば、姿勢や動きには身につけるべきステップがあります。私のボディワークでも、内面の働きを整える→単純な動きを身につける→複合的な動きを身につける、といったステップがあります。

このように体系的な学びを行う際は、最初は意識的に学びますが、次第に単純なレベルの動きは自動化されていきます。その自動化された動きの上で、よりレベルの高い動きを意識的に学んでいく形になります。

まとめ

今回の内容を整理します。

  • 過緊張やスランプの問題は、前頭前野が中心になって働く意識という「監督」が、大脳基底核や小脳が中心になっている「自動化された現場の仕事」に過剰介入することで起こる
  • 過剰介入をやめて、無意識の働きに任せることも大切

次回の第2回は、この「私」という意識、そしてその意思決定は脳内でどのように生じているのか?自己意識の正体そのものについて解説します。

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